2024年1月27日土曜日

冬の日の散歩 ー Walking on a winter day

晴れた冬の休日、散歩した際のスナップ写真です。


足立区の西新井で所用を済ませ、少し時間が余ったので、燐駅の竹ノ塚駅まで歩くことにしました。

昼下がりの駅近くの公園。人が居ないなと思っていたら、お昼ご飯の時間だったようで、この後に子供たちがやってきて、歓声が溢れました。


地図アプリ上で、北に真っ直ぐ向かう尾竹橋通りの西側に、蛇行するような道があったので、こちらを歩きました。七曲り通りとあります。

材木屋さんでしょうか、歴史の有りそうな佇まい。自分が子供の頃はありふれた光景でした。

七曲りの名のとおり、歩いていても、先に何があるか見えません。突然、マンションが出現したります。
この辺は無粋なタワマンは少ないようで景観が落ち着いて好ましいです。

市内バスが走ってきました。道路が狭く、曲がっているので、小型のバスです。
「はるかぜ号」とフロントに出ていました。コミュニティーバスなのかな。

竹ノ塚駅の周辺で、七曲り通りはT字路となって終わり、、、ではないようです。正面は、真言宗の実相寺。
七曲り通りは、右折して、竹ノ塚駅方面に向かっていました。この道は、現在の真直ぐな尾竹橋通りが出来る前の旧道のようです。

近くに東京メトロの日比谷線の車両基地があるので寄道。周囲は厳重なフェンスに囲まれていました。
休んでいる地下鉄車両を、フェンス越しに撮影。人間と同じで、何事も休息は重要です。

地下鉄の車両基地のフェンスから、大きく頭を出していた山茶花の木が有りました。

下から見上げた山茶花。冬の青空に赤い花が映えて美しいですね。

日が傾くころ、冷えて来たからか、夕暮れ時の公園には遊ぶ人の気配はありません。
不思議に思ったのは、手前の大きな木が右側に大きくしなっていたこと。このままだと、苦しくないのかな。

竹ノ塚駅の西口近くの商店街に西日が鋭く差し込みます。
街灯が、陽の光を受けて輝いていました。今年の夏も暑いのか、なんて気が早いですが。

竹ノ塚駅の西口。記憶の中では地上駅でしたが、立派な高架駅となっていました。
高架の横も更地になっていたので、再開発されるのでしょう。
都市の風景は止まることなく変わり行くのですね。

2024年1月21日日曜日

冬の色 ー Color of winter

 今日は関東は雨でした。

関東平野は冬かカラカラに乾燥するのですが、暖冬の影響でしょうか。


花の無い時期、街に出て冬の色彩を探しました。



埼玉県小川町にて。

2024年1月10日水曜日

日暮里の跨線橋 ー Overpass at Nippori

台東区の日暮里にある跨線橋からの撮影です。御隠殿坂跨線橋という名称が付いています。


その跨線橋の横には、JRの線路を跨ぐように、京成電鉄の鉄橋があります。

京成電鉄のスカイライナー号が、上野の山を抜け出て、鉄橋を渡ってきました。


かつての成田山にお参りに行くための路線は、現在、海外に雄飛するための高速特急列車が走るようになりました。

跨線橋の下は、JRの四つの路線が走っています。丁度、上野行の常磐線の列車がやってきました。
この跨線橋を渡る先には寛永寺があります。
江戸時代の徳川将軍家と所縁の深いところ。寛永寺は、最後の将軍となった第15代徳川慶喜が教順に意を表して蟄居した場所ですね。

慶喜は水戸徳川氏出身、水戸に向かうJR常磐線はこの先の日暮里駅から分岐していきます。
過去と現代の交錯を、ふと考えていました。


2024年1月2日火曜日

初詣 ー At New Year's visit

 佐野厄除け大師に、初詣に行きました。


東武鉄道の伊勢崎線で館林まで乗車、館林からは佐野線に乗換です。

二両編成の車内は、参拝客と思しき人ばかり。

佐野市駅から歩いて10分ほど。佐野厄除けの門に到着。
門をくぐると、左側に見えている行列に並びます。正月ですから、当然、長蛇の列。厄除けの祈祷を受ける人は、別ラインで並んでいました。

30分ほど、行列に並んでいくと、お堂に辿り着きました。厄除け大師で著名ですが、天台宗の惣宗寺というお寺です。
今年一年の厄除けを祈願し、お守りを購入して、退出しました。境内は、それほど広くないため、留まっていると、後ろの人が参拝できません。

お寺の前のとおりは、出店がそろって、とても賑やか。お正月らしくで良いですね。
人混みをかき分け、行きとは異なり佐野駅まで歩きました。駅近くで、佐野ラーメンを食べてから、東武線に乗って、帰路に着きました。


今年は正月から、北陸での大地震、羽田空港での飛行機事故と、残念なことが起きています。被災された方には何とか苦難を乗り越えてほしいと切に願っています。